東欧日記第10日 赤タクのシュルデシュティと国境のシゲトゥマルマツィエイ
<シゲトゥマルマツィエイからティミショアラ行きの急行のボロいコンパートメントの中で、お年寄り3人に囲まれて書いてます。昨日はくたびれて、日記書く前に寝ちゃいました。>
ピザレストランは朝飯場所に化粧直し、特に代わり映えのしないビュッフェ形式の朝飯。かりかりベーコンが有ったのがちょいとポイント。
チェックアウト時にシュルデシュティ(ガイドブックにはスルデシュティと有るが間違い、一部の表記で先頭が大文字だから付加記号が省略されているので間違えたのだろう)行きのバスの時間を聞いてみると、バス駅に電話しようとしてくれる。時間は昨日聞いてあるので、そこまでは要らないと言って街の地図だけ貰っておく。
とは言っても、駅まで歩いて20分、バスの時間までは1時間半ほどしかないからそれほど余裕は無い。昨日は出向かなかった旧市街まで歩き、広場の周りの様子だけ伺って退散。この街の広場も今一活気に欠けるか。工事中の建物が完成すればとってもきれいなピカピカ広場になるんだろうが、この活気ではねぇ。普通の人の生活は公団住宅立ち並ぶ新市街で済んじゃうので、ここら辺に普通の市民が集える場所を作ろうという気にはならないのか。
バス駅に着くと10時20分、番線聞く暇もないので、直接切符売り場へ。売り場のおばちゃんと売り場前に居た案内員のおじさん(胸に何かの札をぶら下げていたが、実の正体は不明)は共にとても親切。切符を買った後で、おじさんはバスの乗り場まで案内してくれて、運転手に「シュルデシュティだから」と声をかけてくれた。昨日本当に動くのかなと思って撮影していたバスだった…。
ところが運ちゃん、乗降客が多かったのか、直接声をかけておかなかったのが悪かったか、すっかり忘れちまって、ガイドブックに載っている地名表示板の前を過ぎても停まってくれない。後ろに座っていたおばちゃんたちが、さっきのとこだよ、運転手に言って降ろしてもらいな、って感じで標識の有った場所と運ちゃんの方を交互に指差す。
「シュルデシュティ、教会」と言うと、緊急停車。あっちからあー行くんだと教えてくれた。ついでに帰りのバスの時間も聞いてみたんだが、どうせ役に立たないと思って真面目に聞いていなかった。ちなみに付近は数キロに1軒家が有るかどうかって閑散とした峠道、バスの時刻表どころか、どこがバス停なのかわからない状態のバス停(?)も多かった。
標識に従って、とぼとぼと歩き出す。ガイドブックによれば約1,5km、途中標識があるから道に間違うことは無い、とか書いてあったのだが、標識は本当にここで曲がらないと行けないぞって曲がり角にしかなかった。これから行く人は、何も無ければ道なりの意味だと思って我慢して歩いてほしい。
途中、たまたま開いてる時間に通ったのがラッキーなんでないと思える村の小さな売店で水を購入。さすがに10日目ともなると、水買うぐらいのやり取りはルーマニア語で大丈夫。
そこからもう少しで年季の入った木製の建物が見えてくる。お墓参りをしている人は居るが、ガイドブックに載っているお隣の神父さんの奥さんという人は居ない。テラスで優雅に読書かなにかしている人がいたので、「教会見れないんですか?」と声をかけてみた。「1分待て」とのお返事。目の前に恰幅の良いお上さん風の女性が近づいている、どう考えてもこの人が神父さんの奥さんだな。
「一人かい、車が無いね」、一人でバスで来るような奴はよほど珍しいらしい。鍵を開けてもらって中を拝見、正教系の教会だからか中は撮影禁止。例によって神々しい雰囲気に気圧されて、数分で退散。いくらかご寄進を、とルーマニア語ではどう言えば良いのかわからないなと思っていたら、ご寄進のいくらか納められたお皿が有ったので、おばさんの目の前で10レイ入れておいた。ユネスコの世界遺産に指定されると維持費の補助とか有るのかね。神父さんは優雅な雰囲気だったが、やりくりはどうなんだろ。
記念撮影の後、おばさんに帰りのバスの時間を聞いて見たのだが、時間と思われる単語は聞き取れず、大丈夫だよって身振り手振り。ヒッチハイクでいくらでも車が拾えるよと言う意味と思われる。今までそう言うシーンをさんざん見て来たから良いが、そうじゃない人は途方に暮れるのではないか。そうじゃない人はこんな所に一人でバスでは来ないかな。
と言う訳で、標識の立っていたバス通り(と言っても峠道)の辺りに…
<ここから書いている途中のリアルタイムの話>
ここでお弁当を広げていたおばあさん、鶏の丸焼きの骨等食い残しの生ゴミを何の躊躇も無く列車の窓から投げ捨てた、そう言う習慣だけは改めた方が良いぞ>ルーマニアの人
<リアルタイムの話ここまで>
…停まっていた真っ赤なオンボロ車(なんせフロントガラスにひびが入ってたりなんかする)。他の客を捕まえて車を発進させようとした所、こちらにも声をかけて来た、「バイアマーレまで?」
と言う訳で、1日4便なんて時刻不明のバスを待つ気も無いので乗り込む。タクシー代よりは安く行けるだろう。一緒に乗ったのは無口な青年、運ちゃんの友達らしきお兄ちゃんと、途中から陽気なおばさん。オンボロバスよりだいぶ早く付けるかなと思っていたのだが、似たり寄ったりの時間がかかった。青年と私が5レイずつ、おばさんが2レイ払って解散。
次の目的地シゲットゥマルマツィエイに行くのはどうするか、鉄道駅で聞いたらバスで行けと言われた。まだ1時間近く有るが、列車はもっと本数が少ないのだろう。
ホットドッグで昼飯、鉄道駅のトイレが1レイ、バス駅のトイレが0,50レイだったので、バス駅で用を足す。切符売り場のおばさんは朝と同じ人、今度は切符を売ってくれないから直接運ちゃんから買うのだろう。おばさんに聞いた乗り場付近で時間を持て余していたら、朝の親切な案内員、挨拶ついでに「シゲトゥマルマツィエイに行くんだ」と言うと、目の前に停まっていたバスを指差しこれだよと。例によってまた運ちゃんに声をかけておいてくれる。
私が乗り込んだ時にはほぼ満席、大量の荷物と一緒に乗り込んでいる人も多い。金曜日だから、週末の里帰りか買い出しか。中古パソコン抱えたギャル二人組も乗り込んで来た。
結局若者の団体なんかが、乗り込んで来て席が無く立っている状態、あの案内員が居なかったらぎりぎりまで乗り込んでいなかったと思うから、私が立っていた方かも、乗車予定2時間半、助かった。ありがとさん>案内員。
超満員の中、木造の民家が名物と言うマラムレシュ地方の家屋やらを眺める、家自体は日本の(木造の)山小屋か納屋みたいな作りで、日本の木造建築を見慣れていればそれほど珍しいもんでもないんだが、ちょっと古い家にはみんな木製の立派な門が有る。バスがうまく門の前に停まったら、と思っていたのだが、結局タイミングが合わず写真は無し。
峠のてっぺんくらいのところで、じいさんのためのトイレ休憩。その後間もなくシゲトゥマルマツィエイの街中へ。どこかで停車した時に、中古パソコンギャルに「駅?」って聞いたのだが、返事をしてくれない。後ろのおじさんが、「シゲットだよ」と教えてくれた。普通の人は単にシゲットと呼んでいるらしい。バス駅では「シゲトゥルマルマツィエイ」だったし。
と言う訳で「駅ならもう少し先だ」と言ってくれたので、さらに乗車。バス駅丸出しの場所に停車した。終着駅まで行くのでない時は、なかなか中距離バスも難しい。
バス駅と駅で時刻表を写して街中へ。なんか予想以上に本数が少ない。鉄道駅の方は、国際線の発着本数が他の全列車の発着本数と同じくらい、ウクライナ国境まで後わずかのところなのだ。そりゃ、バイアマーレの窓口で切符を売ってくれないはずだわ。
広場の正面にある2つ星のホテルに宿を取る。72レイ、ガイドブックより10レイ上がっている。交渉したら安くなったかも。チェックインの時についでに明日の予定をちょいと聞いておく。明日中にサプンツァに行って、さらにその日のうちにスチェアバに付けるはずだと。
まずは薬局へ。一番近い薬局の扉が閉まっていたので開けようとしていたら、通りかかったおばさんが英語で声をかけてくれた。「開いてますよ。」と言う訳でもう一度ドアと格闘していたら付いて来いと。近く飲もう1軒の薬局に案内してくれた。ルーマニアの人は基本的に大変深切である。
やっぱり英語ができない薬局の店員とあーだこーだ言って、何とか救急絆創膏を6枚購入、締めて3レイ。
シャワーと洗濯の後街歩き、小さい街なんで、これと言った場所も無い。市場は既に片付けていた、残念。子供は好奇心むき出しにジャッキーチェンの物まねをしながらなんやかやと声をかけてくる。大人は顔に出さないだけで同じ思いでこっちを見ているんだと再確認。中国雑貨店も有ったから、中国系の人も居るんじゃないかと思うが、街で虐められてるんであまり外に出ないのかも、なんて勝手に想像しながら30分程で宿に戻る。
次は晩ご飯、ホテルのレストランが手頃な値段だと書いてあったのだが、何やらジモティーの宴会が始まっていた。あきらめて近所のピザ屋へ。2晩連続のイタリア料理か。高校生くらいの女の子が、おそるおそる近づいて来た。年長のバイトに言葉が通じるかどうか怪しい外国人の相手を押し付けられたか。メニューがあるから、大抵は「これ」で済むから、大して面倒かけてるとは思わないんだが。値段は昨日の店の半額くらい、十分本格的なピザだった。ちなみにルーマニアの普通のピザ屋では日本みたいに切り込みが入れてあって、手で持って食べてる人の方が多い。
宿に戻ったのは、9時過ぎか、テレビにもウクライナの放送が入っている。何か連日のバス移動の疲れが出たか、眠っちまった。
<とこれを送信しようとしたところで国境警備隊と書いた制服の人たちに身分証明書の提示を求められた、パスポートを預けるとすぐに「大丈夫ですから」と英語で。名前とパスポート番号をメモった後、出入国のはんこを確認して「ありがとう」で完了。ちょっとドキドキするね。おっとその間に圏外になってしまった。トンネルだ、列車の中は真っ暗、光るのは私のiBookの画面だけ。>
ピザレストランは朝飯場所に化粧直し、特に代わり映えのしないビュッフェ形式の朝飯。かりかりベーコンが有ったのがちょいとポイント。
チェックアウト時にシュルデシュティ(ガイドブックにはスルデシュティと有るが間違い、一部の表記で先頭が大文字だから付加記号が省略されているので間違えたのだろう)行きのバスの時間を聞いてみると、バス駅に電話しようとしてくれる。時間は昨日聞いてあるので、そこまでは要らないと言って街の地図だけ貰っておく。
とは言っても、駅まで歩いて20分、バスの時間までは1時間半ほどしかないからそれほど余裕は無い。昨日は出向かなかった旧市街まで歩き、広場の周りの様子だけ伺って退散。この街の広場も今一活気に欠けるか。工事中の建物が完成すればとってもきれいなピカピカ広場になるんだろうが、この活気ではねぇ。普通の人の生活は公団住宅立ち並ぶ新市街で済んじゃうので、ここら辺に普通の市民が集える場所を作ろうという気にはならないのか。
バス駅に着くと10時20分、番線聞く暇もないので、直接切符売り場へ。売り場のおばちゃんと売り場前に居た案内員のおじさん(胸に何かの札をぶら下げていたが、実の正体は不明)は共にとても親切。切符を買った後で、おじさんはバスの乗り場まで案内してくれて、運転手に「シュルデシュティだから」と声をかけてくれた。昨日本当に動くのかなと思って撮影していたバスだった…。
ところが運ちゃん、乗降客が多かったのか、直接声をかけておかなかったのが悪かったか、すっかり忘れちまって、ガイドブックに載っている地名表示板の前を過ぎても停まってくれない。後ろに座っていたおばちゃんたちが、さっきのとこだよ、運転手に言って降ろしてもらいな、って感じで標識の有った場所と運ちゃんの方を交互に指差す。
「シュルデシュティ、教会」と言うと、緊急停車。あっちからあー行くんだと教えてくれた。ついでに帰りのバスの時間も聞いてみたんだが、どうせ役に立たないと思って真面目に聞いていなかった。ちなみに付近は数キロに1軒家が有るかどうかって閑散とした峠道、バスの時刻表どころか、どこがバス停なのかわからない状態のバス停(?)も多かった。
標識に従って、とぼとぼと歩き出す。ガイドブックによれば約1,5km、途中標識があるから道に間違うことは無い、とか書いてあったのだが、標識は本当にここで曲がらないと行けないぞって曲がり角にしかなかった。これから行く人は、何も無ければ道なりの意味だと思って我慢して歩いてほしい。
途中、たまたま開いてる時間に通ったのがラッキーなんでないと思える村の小さな売店で水を購入。さすがに10日目ともなると、水買うぐらいのやり取りはルーマニア語で大丈夫。
そこからもう少しで年季の入った木製の建物が見えてくる。お墓参りをしている人は居るが、ガイドブックに載っているお隣の神父さんの奥さんという人は居ない。テラスで優雅に読書かなにかしている人がいたので、「教会見れないんですか?」と声をかけてみた。「1分待て」とのお返事。目の前に恰幅の良いお上さん風の女性が近づいている、どう考えてもこの人が神父さんの奥さんだな。
「一人かい、車が無いね」、一人でバスで来るような奴はよほど珍しいらしい。鍵を開けてもらって中を拝見、正教系の教会だからか中は撮影禁止。例によって神々しい雰囲気に気圧されて、数分で退散。いくらかご寄進を、とルーマニア語ではどう言えば良いのかわからないなと思っていたら、ご寄進のいくらか納められたお皿が有ったので、おばさんの目の前で10レイ入れておいた。ユネスコの世界遺産に指定されると維持費の補助とか有るのかね。神父さんは優雅な雰囲気だったが、やりくりはどうなんだろ。
記念撮影の後、おばさんに帰りのバスの時間を聞いて見たのだが、時間と思われる単語は聞き取れず、大丈夫だよって身振り手振り。ヒッチハイクでいくらでも車が拾えるよと言う意味と思われる。今までそう言うシーンをさんざん見て来たから良いが、そうじゃない人は途方に暮れるのではないか。そうじゃない人はこんな所に一人でバスでは来ないかな。
と言う訳で、標識の立っていたバス通り(と言っても峠道)の辺りに…
<ここから書いている途中のリアルタイムの話>
ここでお弁当を広げていたおばあさん、鶏の丸焼きの骨等食い残しの生ゴミを何の躊躇も無く列車の窓から投げ捨てた、そう言う習慣だけは改めた方が良いぞ>ルーマニアの人
<リアルタイムの話ここまで>
…停まっていた真っ赤なオンボロ車(なんせフロントガラスにひびが入ってたりなんかする)。他の客を捕まえて車を発進させようとした所、こちらにも声をかけて来た、「バイアマーレまで?」
と言う訳で、1日4便なんて時刻不明のバスを待つ気も無いので乗り込む。タクシー代よりは安く行けるだろう。一緒に乗ったのは無口な青年、運ちゃんの友達らしきお兄ちゃんと、途中から陽気なおばさん。オンボロバスよりだいぶ早く付けるかなと思っていたのだが、似たり寄ったりの時間がかかった。青年と私が5レイずつ、おばさんが2レイ払って解散。
次の目的地シゲットゥマルマツィエイに行くのはどうするか、鉄道駅で聞いたらバスで行けと言われた。まだ1時間近く有るが、列車はもっと本数が少ないのだろう。
ホットドッグで昼飯、鉄道駅のトイレが1レイ、バス駅のトイレが0,50レイだったので、バス駅で用を足す。切符売り場のおばさんは朝と同じ人、今度は切符を売ってくれないから直接運ちゃんから買うのだろう。おばさんに聞いた乗り場付近で時間を持て余していたら、朝の親切な案内員、挨拶ついでに「シゲトゥマルマツィエイに行くんだ」と言うと、目の前に停まっていたバスを指差しこれだよと。例によってまた運ちゃんに声をかけておいてくれる。
私が乗り込んだ時にはほぼ満席、大量の荷物と一緒に乗り込んでいる人も多い。金曜日だから、週末の里帰りか買い出しか。中古パソコン抱えたギャル二人組も乗り込んで来た。
結局若者の団体なんかが、乗り込んで来て席が無く立っている状態、あの案内員が居なかったらぎりぎりまで乗り込んでいなかったと思うから、私が立っていた方かも、乗車予定2時間半、助かった。ありがとさん>案内員。
超満員の中、木造の民家が名物と言うマラムレシュ地方の家屋やらを眺める、家自体は日本の(木造の)山小屋か納屋みたいな作りで、日本の木造建築を見慣れていればそれほど珍しいもんでもないんだが、ちょっと古い家にはみんな木製の立派な門が有る。バスがうまく門の前に停まったら、と思っていたのだが、結局タイミングが合わず写真は無し。
峠のてっぺんくらいのところで、じいさんのためのトイレ休憩。その後間もなくシゲトゥマルマツィエイの街中へ。どこかで停車した時に、中古パソコンギャルに「駅?」って聞いたのだが、返事をしてくれない。後ろのおじさんが、「シゲットだよ」と教えてくれた。普通の人は単にシゲットと呼んでいるらしい。バス駅では「シゲトゥルマルマツィエイ」だったし。
と言う訳で「駅ならもう少し先だ」と言ってくれたので、さらに乗車。バス駅丸出しの場所に停車した。終着駅まで行くのでない時は、なかなか中距離バスも難しい。
バス駅と駅で時刻表を写して街中へ。なんか予想以上に本数が少ない。鉄道駅の方は、国際線の発着本数が他の全列車の発着本数と同じくらい、ウクライナ国境まで後わずかのところなのだ。そりゃ、バイアマーレの窓口で切符を売ってくれないはずだわ。
広場の正面にある2つ星のホテルに宿を取る。72レイ、ガイドブックより10レイ上がっている。交渉したら安くなったかも。チェックインの時についでに明日の予定をちょいと聞いておく。明日中にサプンツァに行って、さらにその日のうちにスチェアバに付けるはずだと。
まずは薬局へ。一番近い薬局の扉が閉まっていたので開けようとしていたら、通りかかったおばさんが英語で声をかけてくれた。「開いてますよ。」と言う訳でもう一度ドアと格闘していたら付いて来いと。近く飲もう1軒の薬局に案内してくれた。ルーマニアの人は基本的に大変深切である。
やっぱり英語ができない薬局の店員とあーだこーだ言って、何とか救急絆創膏を6枚購入、締めて3レイ。
シャワーと洗濯の後街歩き、小さい街なんで、これと言った場所も無い。市場は既に片付けていた、残念。子供は好奇心むき出しにジャッキーチェンの物まねをしながらなんやかやと声をかけてくる。大人は顔に出さないだけで同じ思いでこっちを見ているんだと再確認。中国雑貨店も有ったから、中国系の人も居るんじゃないかと思うが、街で虐められてるんであまり外に出ないのかも、なんて勝手に想像しながら30分程で宿に戻る。
次は晩ご飯、ホテルのレストランが手頃な値段だと書いてあったのだが、何やらジモティーの宴会が始まっていた。あきらめて近所のピザ屋へ。2晩連続のイタリア料理か。高校生くらいの女の子が、おそるおそる近づいて来た。年長のバイトに言葉が通じるかどうか怪しい外国人の相手を押し付けられたか。メニューがあるから、大抵は「これ」で済むから、大して面倒かけてるとは思わないんだが。値段は昨日の店の半額くらい、十分本格的なピザだった。ちなみにルーマニアの普通のピザ屋では日本みたいに切り込みが入れてあって、手で持って食べてる人の方が多い。
宿に戻ったのは、9時過ぎか、テレビにもウクライナの放送が入っている。何か連日のバス移動の疲れが出たか、眠っちまった。
<とこれを送信しようとしたところで国境警備隊と書いた制服の人たちに身分証明書の提示を求められた、パスポートを預けるとすぐに「大丈夫ですから」と英語で。名前とパスポート番号をメモった後、出入国のはんこを確認して「ありがとう」で完了。ちょっとドキドキするね。おっとその間に圏外になってしまった。トンネルだ、列車の中は真っ暗、光るのは私のiBookの画面だけ。>